死んだも同じさ3
〜2006 自立〜
『通達』
06年、初秋、神奈川県横須賀市。
時計の針は06:04を指している。
「さぁ着替えよう。電車は6:29発だ。」
隣では妻の美子(30)と娘の哲子(10)がすやすや寝ている。
スーツに着替えると、できるだけ音を立てないように−元々体重が軽いので音は全くしないのだが−マンションを出て、京急浦賀駅に向かった。
「えっと…定期定期…。」
彼の名前は石田 川之助(43)。(ひ)テクノロジー鰍ノ勤めるしがないサラリーマンだ。
今のマンションは横須賀支社にいるときに買ったが本社へ栄転になり、ローンもあるのでしかたなく横須賀からさいたまの本社まで通っている。
やがて電車が堀ノ内駅に着くと、川之助は6:35発の特急に乗り換えた。
まだ7時前とはいえ、車内はかなり混んでいる。
先週に立て込んでいたプロジェクトが片付いたので、月曜とはいえ気が楽だった。
ロングシートに座っていると、上大岡についたやうだ。
「つ、次で降りなきゃ」
混雑している。…足を踏まれた。
「痛っ!!」
ギロッ!
「あ、ス、スミマセン。」
ちょっとウトウトしていると、隣の男のイヤホンから音が漏れている。
「Who Says You Can't Go Home〜♪It's alright♪♪」
うるさいなぁ、と思ってジロジロ見ていると目があった。
ジロッ!
川之助は目をそらした。
「まもなくー横浜ー横浜ー、この先揺れますのでご注意ください。」
アナウンスが流れた直後、
バチコーン!!
バランスを崩した女性の張り手がHITした。
「横浜ぁ〜横浜ぁ〜、JR線、相鉄線、東急東横線、みなとみらい線、市営地下鉄線は…」
横浜で東海道線に乗り換え、一路東京へ。
東海道線はなまら混んでいる。駅員に押されるように乗り込むと、E231は発車した。
ヒュイィィィ〜〜〜ン…キュイーーンキュイーーン……
足を何回も踏まれ、体を押しつぶされ圧死しそうになりながら、ようやく7:45に東京に着いた。
東京はなまら空いている。
京浜東北線に乗り換えた。
「おいおい知ってるー?東北以北は戸籍上東北線なんだぜー、これ!」
「えー常識じゃん!京浜東北・根岸線乗ってて知らないヤツなんかいないぜぇー」
「京浜東北根岸線って言うなら、全部戸籍線言えよぉ〜。京浜東北、東北・東海道・根岸線て!」
「それいいねぇ〜」
という会話が聞こえている間に上野についた。
ここからは高崎線だ。乗り換え時間は5分。
早くしないと座るところが無くなっちゃう!川之助は急いでホームに向かった。
なんとか列の前から3番目に並べた。これなら座れそうだ。川之助は確信した。
電車が着くと、一気に乗客が車内に流れ込む。
「あ…す…座れなかった…」
立ち続けること22分と13秒。時間は8:24。いつも通りにさいたま新都心駅に着いた。
「ささ、さ、さいたまスーパーアリーナ大きいな…」
そしてバスで会社に向かう。
浦和西方高校の前を通り、8:50に会社に着いた。始業は9時。
席に着くと、取締役の高梨が話しかけてきた。
「う"っと石君!免許取りなさい!」
「えっ、う"っ、えっと…」
「会社から支援金も出るよ」
そう言って高梨はパンフを持ってきた。
「い、いえ、結構です…」
「あ、そうそう、社長が呼んでたよ。まぁこの話はまた後で。」
「あ、はは、はい。」
コンコン
釣り合いのとれていない音になってしまった。
「し、し、し、し、し、し、」
「どうぞー」
「し、し、し、しつれ、し、しつ、失礼しま」
まで言ったところでドアが開いた。
ガチャ
「あぁ、う"っと石君。」
社長の(ひ)こと高梨だ。取締役とは、血縁者らしい。
「免許取りに行ってよ」
「え"っ!?いい、い、い、いえ…」
「行かないとクビ、だよ?」
「い、い、い、行かせてください。」
「どこがいい?」